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  • 執筆者の写真Aarteeni

「ご機嫌」を選択すること



「自分がご機嫌でいること」。


昔の私がこれを聞いたら、なんだか苦しく感じていたと思います。





「ご機嫌?気楽な人はいいよね、つらいことなんかないんでしょ」って拗ねて


ご機嫌でいられない自分を一層悲しんで沈んでいたでしょう。





「ご機嫌でいられる身体や環境が整っているからご機嫌なんでしょ」って。





「私だって条件さえ整えばいつも笑顔でハッピーだわよ!!」みたいなね。





つまり、うらやましかったんです。ご機嫌な人が。


私もご機嫌でいたいのにできないから悲しくて怒っていたんです。





誰に怒っていたんでしょう?


ご機嫌な人に?





度々してるこの問い、答えはやっぱり


「ご機嫌にさせてくれない自分に」です。





そうなんですよね、


外側の環境や出来事で自分の感情は左右されがちで、


それ自体が悪いことでも間違いでもなく


嫌なことがあったら


「あいつムカつく」とか「なんでこんなことが起こるの!」と


思うのはとても自然なんですが


その後


どんな気分で過ごすかを選択する自由も


自分にあるわけです。





なのになにも選択せず、


嫌な気分をずっと感じさせている


「自分の思考」「自分の行動」に


心や感情(インナーチャイルドと言ってもいいかも)が


悲しんだり怒っていたんですね・・・


「守ってよ!」


「悲しい気分でいつまでもいさせないでよ!」って。








自分ではどうしようもないことが起きることもあります。





その時湧き上がる感情を大切にするのも大事です。





嫌な気持ちを無視して


無理やり強制的にポジティブになっても


心から「ご機嫌」にはならずむしろ不快になるでしょう。


嫌だ悲しいつらいという気持ちが消えなければ


消えないままでもいいと私は思います。





どれだけの時間、どの程度の深さでその悲しみ等の気持ちを感じるのかは


人それぞれのペースがありますし


それを消せるのは神か仏か、というくらい


大きな辛いこともあります。


 


 


でも自分が


「ご機嫌に過ごしたい」


「愉しい人生でありたい」と思うなら


嫌な気分のままずっと放置しないでいる「選択」もできます。


 


心や身体を緩めたり


ほっとできるどこかに身を置いたり


楽になれる考え方や行動を取り入れたり


自分らしく過ごせることをしたりして


自分を「ご機嫌」に近づかせること





ニコニコな「ご機嫌」とまではいけなくたっていい、せめて


フラットな気持ちにまで戻れること。





そういう行動や考え方の選択権は自分にあるのだと


力を取り戻して


自分の心を心地よくさせてあげる方向に意識を向け、そう動いていけば


自分の奥底の力が充電されていきます。


徐々に生命力が上がる感じです。





そうしたら、エナジーチャージされた状態の自分で


環境に立ち向かえるかもしれない。





今ここにある自分の心がご機嫌でいい気分、であることを


選択し続けていくことで


今の積み重ねの先の未来もご機嫌になるかもしれない。





少なくとも「ご機嫌を選択できる自分」を頼もしく思い


自信をもって過ごせそうですよね。








「内面(心)の反映が現実」と言われます。


先に今ご機嫌になっちゃうことで


嫌だなあと思っている現実も徐々に変化が起きてくるかもしれません。


実際起きると私は思っています。





そうなったらやっぱり嬉しい。





でも万が一ならなくても。


日々ご機嫌なら、もうそれがすべてなのかなあとも思ったりします。

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