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  • 執筆者の写真Aarteeni

幸せにならない思いこみは、持ってなくてもいい




先日、


知り合いの年配の女性に


「猫飼ってるんだって?何匹いるの?」


と聞かれたことがありました。





私の家には小次朗とみやびという2匹の猫がいるので


そのまま


「2匹ですよー」


と答えたところ





「そんなことだから子供ができないんだよ!!


お母さんに孫の顔見せて親孝行してやらないと!!」





と怒ったような返事がかえってきました。





いやまあ

とりあえず


その人の背景とかはさておき





これを聞いて私がその瞬間感じたのは


「へえー!」


という驚きが主でした。





「こんなこと面と向かっていわれたのひさしぶりだわー」


という気持ちが8割を占めるような感じ。


(若いときは言われたけどもうさすがに言われない)





私は結婚していますが子どもはいません。


正直、そのことで昔は悩んだりしたこともありました。





でも、


その女性に言われたような


「子供を産まないと親孝行ができない」


とか


「猫を2匹もかわいがっているから子供ができない(!)」


とかいう


価値観や思い込みは


昔も今も私の中にないんです。





なので


単純に


「ほお」


と驚いて



「まあこの方の価値観はそうなんだろうなあ、時代もそうだったのだろうし」


と感じたんですよね。





でももし、です。





私が上記のような思いこみを持っていて


かつそれを気にしていて、


しかも


その思い込み通りできてない自分がダメ、もしくは残念だ


と常々感じていたら?


どうでしょう。





結構


「いやなこと言われた出来事」として


傷つき落ち込んでしまったり


するだろうなあと思うわけです。





ということは。




「自分をダメだ残念だと感じるような思いこみ」を


すでに自分が持っているから


外部の人の言葉に反応して傷ついたりしがちなわけで





もしそういう


「自分をダメだ残念だと感じる思いこみ」を


自分が持っていなかったとしたら



そりゃ多少は不快な思いをしたとしても


「その言葉(あるいはその人)」の「せい」で


深いダメージを負う、


ということが回避できるんだろうなあ


 


と感じた出来事です。





思いこみや信条って




子どもの頃に傷ついたあまり自分で作ってしまったり


社会の風潮や


みんなそうだから


普通そうするから


ってことでできたりしやすいですが




それが自分を苦しめたり


幸せに生きることを阻んだりするものだったとしたら


それを自分の人生に採用しなくたっていいと思うんです。





もちろん


採用しなくていいんだ!って思っても


どうしても気になったりして


葛藤することもあるでしょう。


自分が本心から望むことと信条が一致していればなおさらです。





葛藤して悩んで、


自分の幸せや大事にしたいことって


なんなんだろうなと考えたり



自分ではどうにもならないことや


自分の人生を受け入れたりしているうちに


「あ、やっぱりこの信条いらないかも」


という時期がやってくるかもしれません。





辛い思い真っ最中の人も


「不幸せになる思いこみは、採用するもしないも自由」


というように


「選択肢」が存在するんだ


と思うだけでも少し楽になるかもしれません。








私もまだきっとたくさん、


自分を幸せにしない不自由な思いこみを持っていると思うんですよね。





でも人と話したりしているうちに


少しずつ気がついたり手放したりする機会があります。


ありがたいことに。





いらない信条を手放し


ああ、またひとつ自由になった


と感じることは心地よいものです。



とてもすがすがしく、軽く


自分だけでなく周りの人をより大事にできるような


もっと楽しく生きられる気がするような


幸せな感覚です。




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