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  • 執筆者の写真Aarteeni

『思い出のマーニー』とインナーチャイルド

ジブリアニメが好きです。


いいファンタジーには


たいてい心の成長物語的要素が入っているように思いますが


『思い出のマーニー』もその通りの作品。





まるでインナーチャイルドの癒しの過程を


物語を通じて見せてくれているようでした。


場面のひとつひとつがとても象徴的!





インナーチャイルドが癒され成長するには


もちろん人それぞれの過程がありますが


このアニメにはそのエッセンス的なものが


たくさん詰まっているように感じます。





以下ネタバレあります。





主人公杏奈は自分のことが嫌いで


周りにうまく溶け込めず、喘息も患っている少女。


そしていつも不機嫌で、そんな自分を持て余して


さらに苛立ち傷ついています。


そんな苦しい状態で


いわば転地療養のため自然豊かな親戚夫妻の家に行くのですが


そこで


マーニーの存在やおおらかな夫妻、その地域の人


そして美しい自然の中で


幼い頃の心の傷を自分で回復させて行く


というお話です。





****





前半、杏奈はとても不機嫌で


周りに悪態ついてばかり。





「自分が嫌い」


「だから愛されるわけがない」


「だから大事にしてくれる人は信用ならない」





というループを証明するかのように。





深いこころの傷です。





でもマーニーに出会い


大自然のような距離感で見守る夫妻と暮らし


いろいろな人と心を通わせる過程で


だんだんと心もゆるんでいきます。





そして後半の山場


嵐の塔で


「ひとりにされ、置いて行かれた」(と杏奈が思い込んだ)ことで


杏奈がマーニーに激怒し悲しむシーンがあります。





これが杏奈にとっての


「根となる傷」だったのだと明らかにわかるシーンです。





事情があって誰も悪くないんだけど





置いて行かれた=私は愛されてない、いらない存在





と、ごく幼い頃に心に刻んでしまったことが


噴出してしまった場面。





それでも、物語冒頭、養母が


「幼い頃はよく笑う子だった」と回想していたことから


ずっと不機嫌に生きてきたわけではなかっただと思われます。





幼いころはその傷が大きすぎて


直視できなかったのかもしれないし


まず生存するのに一生懸命だったのかもしれない。





ある程度心も成長したところで


少しづつ何か引っかかりを感じるようになり


そこから、


さらに安心な場所


(現在の家族とおおらかな親戚夫妻の家、受け止めてくれる友人たち)


を確保した上で


過去の根源的な部分と向かい合う準備ができたのだと感じます。





心の準備ができなければ


向かい合うことは難しいのですね。





 


嵐の中、杏奈とマーニーが向かい合うシーンは


怒り、泣き、まさに暴風雨のような心を表すかのよう。





その切羽詰まる危機的な状況で


痛みの中から真実を振り絞るように


唯一無二の存在


(それはマーニーでもあり、杏奈自身のこころでもあります)とつながり


その存在を赦した後


幸運なことに


実は自分は周囲から愛されていたのだ


という事実を徐々に受け入れられるようになっていきます。





癒しという過程は


自分の根源やつながるべきものと向かい合ってこそ


得られるものでもある


と私は思っています。





そこには時々


怒ったり泣いたり心が揺れることも生じますが


その人に受け止めきれないことは


まず起こらないのが一般的です。





セラピーでも、順を追って受け止められるものが現れます。


癒しは準備ができていればこそ


起きることなのでしょうね。


(つづきます)



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