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  • 執筆者の写真Aarteeni

自分がシナリオライターだとしたら

「人生脚本」という交流分析上の考え方があります。





「自分は〇〇という人生を歩む」という


いわば「シナリオ」のようなものを


幼少期もしくは人生の途中に


無意識に作成してしまい、





そのシナリオ通りに物事を観て


人生を創っていってしまうというひとつの視点です。





スピリチュアルの考え方によくある


「生まれる前に決めて来た人生の青写真」


という考え方とは


また少し違って


「自分の人生ってこういうもの」


「世界はこういうもの」という


人生の途中で創った「思い込み」のようなものです


(前世からの持越しの場合もあるかもしれませんが)。


 









たとえば


ひどい虐待を受けて育った子どもがいたとして





その子はショックのあまり、不本意ながらも





「大人は自分を愛し大切にしてくれる」





というシナリオより





「大人は結局自分を傷つけるのだ」


「自分は傷つけられても仕方ない存在だ」





というシナリオを


自分の人生に採用したと仮定します。





「世界はそういうものなのだから、つらい目に合っても仕方ない」





と自分に言い含めるような感じでしょうか。





そうすると


その子はその後の自分の人生を


そのシナリオ通りに構成するようになる。





その通りに現実を見ようとしたり


その通りの出来事を証拠として集めて





「ほうら、やっぱりそうだった」


「世界はそういうものだから。」と





不本意ながら納得して、


さらにその考えを強化し続けてしまう。


 





「人は自分を傷つける」


「傷つけられても仕方ない自分」


というタイトルの映画を創るために


そういうシーンを無意識に集めているような感じ・・・











私はこの「人生脚本」という考え方を知った時


正直、やるせない気がしました。





なんてかなしいことなんだろう、と。





そういう脚本が好きで、楽しくて


そう作ったわけではないのに


むしろ自分の心が壊れるのを守ろうとして作ったのに


それが自分の人生を辛いものにしてしまうなんて。





嫌じゃないですか?私は、嫌だなあ・・・








でももし


自分がその子のように


不本意なシナリオを持っていたとしたら





虐待されたわけではなくても


なんだか好きじゃないシナリオを手に


人生を創っている気がするとしたら・・・。





そして、もうそれは嫌だと感じているとしたら。


いったいどうしたらいいのでしょうか。





シンプルに言えば、


シナリオを変えればいいんです。


シナリオ、変えられますから。








自分がどういうシナリオ(思い込み)を持っているのか





何が不満で、どんなことを嫌だと思っていて





本当はどうしたい、どうなりたいと思っているのか。





それを邪魔している考え方はなんなのか・・・





それに気づくのが第一歩かもしれないです。








気づくと一応ターゲットが定まりますから


「あ、またこんな風に思っている」


「またそれに基づいた行動してる」


とわかります。





そうすると


違う考え、違う行動を


選択することもできるようになる。


変えたければ、ですが。





考えと行動が変われば現実も変わります。


シナリオも、さらに新しいものへ強化されるわけです。











そうはいっても。





無意識に創ったシナリオですし


長年使っているのを突然変更するのは


もしかしたら最初は抵抗があるかもしれない。





自分が一度構成した世界が壊れるというのも、


怖いものですし


新しい世界を信じるのも勇気がいりますから。





あたまでは変えたい!と思っていても


変えないでいるメリットが


もしかしたらあるのかもしれません。


てごわいですね。








それでもどうしたいか、なんですよね。








「シナリオどおり辛い人生を80年歩んだわたし」


という映画を創るのか


「開始30分間はシナリオ通り辛かったけど


後半それを捨てて新しい人生を歩んだわたし」


という映画を創るのか。





どっちがいいのかという選択です。








いっぺんに変わらなくていいんです、


むしろ小さな一歩を重ねていく方が安全で確実です。





インナーチャイルドセラピーやバーズセッションは


無意識のシナリオに対してとても有効だと


わたしは思いますが


それでも、


劇的に、いっぺんに人生を完璧に変える魔法ではなく


気づきの一歩、あるいは数歩のお手伝いです。


日々の暮らしの中で


実際考えて行動するあなたのほうが


数倍パワーがあって、素晴らしいんです。





ジワジワと証拠を集めて強化してしまったシナリオは


また


ジワジワと「そうでない」証拠を集め


「そうでない」と体感していくのが


自分の力に対する自信もつくし、


自分で創ってる感じがすると思います。








その過程で、進んだり戻ったりは、きっとします。





揺り戻しがあるのはもう、


ある程度「込み」だと思う位がいいのかもしれない。





そこで


「なんて意思が弱いんだ」


「臆病だ」


「どうせだめだ」なんて


自分を責めなくてもいいと思います。





(責めたい方は、存分に責めてもいいんですけどね)





シナリオを変えるという大掛かりな、


大作映画を創るくらいな、大仕事にチャレンジしてるんですから。


それくらいエネルギー使っているんですから。





がっかりしたり残念に思ったとしても


自分を責めてさらにエネルギー消失していたら


仕事が進まないかもしれません。





むしろ


楽しいことやほっとすることをたくさんしたり


たまには


「おお、ここまで来たかー!結構わたしやるじゃん」


と過程を認め、自分をほめて


エネルギーを蓄えたほうがよさそうですよね。





疲れたら休むのも立ち止まるのもありです。


うまく変えられない、と涙を流したら


要らないものも流れるかも。





そうしたらまた、違う展開がやってくるかもしれません。


 


 





今日は春分の日、


本格的に2018年が始まる、とも言われる日だそうです。





この一年、また同じシナリオで行くもよし


少しづつ書き変えるもよし


さっぱり捨てて新しいの創るもよし、です。





わたしは


「一部書き換え」にチャレンジします!


(宣言しちゃいましたね。やらざるを得ませんね。


どなたか一緒にやってくれないかなあ(弱気))





どんな一年にしていけるか、楽しみですね。





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